裁判官になるには

裁判官(判事)、検察官(検事)、弁護士を総称して「法曹」と言いますが、その内の裁判官になるためにはどうすればよいのでしょうか?
日本の場合、原則的には司法試験に合格した後所定の研修期間を終え、「判事補」として採用されて裁判官となります。
その後10年の経験を積むと「補」が外れ、一人前の裁判官、「判事」となります。弁護士又は検事として一定の経験を経た人が直接「判事」として採用されることもありますが、後で述べるように全体の裁判官の中ではごく少数です。10年経験して一人前と言いましたが、実際には裁判官不足のため、「判事補」として5年を超えた場合、「特例判事補」と言って、独立して(一人で)裁判をすることができます。
しかし、独立して裁判をすることができるのは「判事」であるのが原則なので、あくまで例外的な地位と言えます。

「キャリアシステム」と「法曹一元」

日本の裁判官は最高裁長官を除いてその任命権者は内閣です。
最高裁判事以外の裁判官の任命は、最高裁が指名した者の名簿に基づいて内閣が行い、その任期は10年、再任を希望すれば再度最高裁の指名により内閣が任命します。
もっとも、どんな裁判官でも希望すれば再任してくれるわけではなく、能力不足や人格の問題などで最高裁から指名されないため再任されない、分かりやすく言うとクビになる裁判官も中にはいます。
裁判官は判事補のころから日本の各地の裁判所を異動しながら、様々な事件を経験してキャリアアップしていきます。
経験を積んで20年以上になると複雑な事件、社会的な関心の大きな事件、行政事件などを扱う合議体の裁判長や裁判所支部の支部長、高等裁判所の判事に指名されるようになります。
さらに経験を積んで「上からの評価」の高い裁判官は地方裁判所・家庭裁判所の所長、高等裁判所の裁判長さらには高等裁判所の長官まで上り詰めます。
このような裁判官の養成・昇進システムを「キャリアシステム」と言い、ドイツ、フランスなどヨーロッパ諸国で採用されている方式です。
日本は明治時代にヨーロッパ大陸、とくにドイツの司法制度を手本として出発したことによります。これに対し、相当程度の期間弁護士、検事などの法律職の経験を積んだ者の中から裁判官を任用するシステムを「法曹一元制度」と言い、イギリス、アメリカ、オーストラリアなど英米法体系の国で採用されています。

裁判官と「出世」

先に日本の裁判官の養成・昇進システムについて述べました。裁判官を希望する人たちは総じて高学歴(有名大学卒)であり、最高裁が指名する裁判官候補者も、司法試験や司法研修において成績の良い者を優先して採用します。
また、裁判官に任用された後も裁判所内部での熾烈な出世競争を勝ち抜いた者が合議体の裁判長、地裁の所長(同じ所長と言っても東京・大阪などの大規模な裁判所の所長と、地方の小規模裁判所の所長とは裁判官のキャリア上明らかな差があります)、高裁の裁判長、高裁の長官と昇進していきます。
このようなキャリアシステムの中にいれば裁判官と言えども人の子、俗に言う「出世」と無関係にはいられません。
判決内容によっては社会的な影響が大きい事件の場合、個別事情を丁寧に汲み取って判決を下すより、前例(同種事案についての最高裁判決や高裁判決)踏襲に陥りやすいし、国を相手にした行政事件で国側敗訴判決を言い渡すには相当の勇気がいるでしょう。
刑事裁判では、検察官の主張に沿った判断をする傾向があることもよく指摘されるとおりです。

裁判官の使命

憲法76条は「すべて裁判官は、その良心に従い独立してその職務を行い、この憲法及び法律にのみ拘束される」と規定しており、これが裁判官の独立、ひいては司法権の独立として三権分立を支える根本原理です。
裁判官が行政権力や上級裁判所の意向を忖度したり、人事権者の顔色をうかがいながら判決をするようなことがあっては本来の役目を果たすことは出来ません。
司法の最大使命は人権の救済ですが、市民の人権は時によって大会社や国・地方自治体などの行政権力によって侵害されることがあり、このような事件を担当する裁判官が、大きな組織や行政権力に遠慮するようなことがあってはなりません。
そのためには、キャリアシステムの中で出世・昇進を目指すのではなく、市民目線で長らく活躍してきた、社会的評価の高い弁護士の中から裁判官を選ぶべきだとするのが「法曹一元」制度で、現にアメリカ、イギリスなどではこれが定着しています。
市民の権利を救済し、犯罪を犯したとして起訴された者が本当に有罪なのかを判断する裁判官は、現実社会をよく知り、優れた法律知識を有する者が望ましいことは異論のないところでしょう。

最高裁判所はどう考えてきたか

「法曹一元」制度については、わが国においても1960年代からこれを導入すべきとする意見が出ていましたが、弁護士人口が少ない上に、裁判官として適格な弁護士をリクルートすることが難しいとして、「制度としてそうあるべきだが、今は時期尚早」として見送られました。
しかし、制度導入に最も反対したのは最高裁で、表向きは裁判官に任用するに足る能力の高い弁護士がいない、もしくは少ないとの理由でした。
しかし、実際のところは、最高裁を頂点とする戦前からの官僚司法制度を維持したいという一種の権益擁護でした。現在も多くの識者が日本の裁判官システムは最高裁を頂点とするヒエラルキーの中にがっちりと組み込まれた「最強の官僚システム」と評価しています。

「司法改革」で何が改革されたか

2000年代に入って、その前に行われた「政治改革」「行政改革」に続き「司法改革」が叫ばれるようになりました。そのキーワードは「市民に遠い司法制度」であり、その中でも改革の必要があるとされたのは、官僚化した裁判官制度でした。
この司法改革においては、刑事裁判における裁判員制度の導入(刑事裁判における素人目線の尊重)、ロースクールの新設(幅広い法律知識を持つ法曹人材の養成)、法テラスの新設(権利救済窓口の拡大)などが実現されましたが、「法曹一元」はほとんど議論の対象にはなりませんでした。
1990年代後半から、「法曹一元」に近づくものとして、最高裁と日弁連が協力して、弁護士の中から裁判官を任用する「弁護士任官」制度を活発化する努力が重ねられ、現在も続けられています。しかし、進んで裁判所に飛び込もうという弁護士は少なく、その後も年間数人程度に止まっているのが実情です。

韓国の状況‐制度は変わったが実情は?

お隣の韓国は日本の統治下にあったという理由もあって、日本の裁判官養成システムとほぼ同じでしたが、2000年代の制度改革により日本とはかなり違った制度になりました。
韓国では日本より少し遅れて09年にロースクールが導入され、それと同時にロースクールを設置した大学では法学部が廃止されました。法曹には幅広い教養(リベラルアーツ)が必要で、法学専門教育はそのような基礎の上にあるべきだという思想に基づくものです。
そしてロースクールを卒業した学生が法曹界に入る試験は「司法試験」ではなく「弁護士試験」となりました。
弁護士試験に合格した者には弁護士資格が与えられますが、裁判官になるには一定期間の弁護士経験が必要とされます。これは制度としてはほとんどアメリカと同じで「法曹一元」制度の国と言ってよいでしょう。
裁判官任用のための弁護士経験の期間は、制度の開始当初は裁判官不足を考慮し、5年以上の弁護士経験を要求していましたが、2022年から弁護士経験10年以上が必要となり、たちまち裁判官不足が問題となり始め、再度経験年数を5年に引き下げるべきという動きになっています。
韓国の場合、(男性に限りですが)義務的兵役期間(徴兵)があるので10年の弁護士経験者の年齢は40歳前後となり、家庭を持った者は子どもも未だ幼少で急な環境変化に堪えられない、あるいは年俸が(弁護士に比べて)低い、10年も経てば地域に根を張っていて転身の意欲がわかない、というような理由だと報告されています。
しかし、わずか5年程度の弁護士経験では理想とする「法曹一元」には遠いでしょう。人材不足に限っていうならば、一向に伸びない日本の弁護士任官と変わらないようです。

裁判官に求められる資質は?

国民に質の良い司法サービスを提供するため、裁判官制度はどうあるべきでしょうか。
世界の民主国家は、試行錯誤の歴史の中で理想とする裁判官制度を作ってきたと思われますが、ことの性質上、どの国の制度も完璧と言えるものはないようです。
しかし、不当に侵害された人権を救済する最後の砦であると同時に、裁判という泥臭く、ある種醜い人間社会の紛争の解決を託するに値する人=裁判官はどのような存在であるべきか。縁あって当事務所のホームページをご覧になった方も一緒に考えていただきたいと思います。

執筆者:高村 順久

※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています。